はみ出し者に不寛容な社会のシビアさを描く、役所広司主演『すばらしき世界』

長野辰次
元ヤクザとソープ嬢とのやりとりが胸に滲みる… 西川美和監督の5年ぶり新作『すばらしき世界』の画像1(c)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

 役所広司を主演に迎えた、西川美和監督の5年ぶりの新作映画『すばらしき世界』が2月11日(木)から劇場公開される。これまでオリジナル脚本にこだわってきた西川監督だが、今回は犯罪映画『復讐するは我にあり』(1979年)で知られる作家・佐木隆三のノンフィクション小説『身分帳』を原案としている。刑務所から久しぶりに出所した元ヤクザが現代社会で四苦八苦する姿を、ユーモアとペーソスを交えて描いた社会派ドラマだ。

 人懐っこさと孤独な心を併せ持つ元ヤクザの三上を、役所広司は魅力的に演じている。2020年10月に開催された「シカゴ国際映画祭」で、本作は観客賞、役所はベストパフォーマンス賞を受賞。ベストパフォーマンス賞は最優秀演技賞と呼べるもので、これまでは主演男優賞と主演女優賞とに分かれていた演技部門を、ジェンダーニュートラルの考えから統合した賞。オンライン開催だったことも含め、新時代を迎えつつある海外の映画祭で本作は高く評価されたことになる。

 原案小説のタイトルとなっている「身分帳」とは、受刑者の履歴、家族構成、刑務所内での態度などが詳細に記された書類。元服役者にとっての履歴書みたいなものだ。本作の主人公・三上(役所広司)は私生児として生まれ、幼い頃に母親と生き別れ、家族の温かさを知ることなく施設で育った。10代の頃からヤクザと付き合うようになり、各地の少年院や刑務所を転々としてきた。性格は几帳面で一本気だが、融通がまるで効かない。13年ぶりに出所する三上を、刑務官たちは心配そうに見送る。

元ヤクザとソープ嬢とのやりとりが胸に滲みる… 西川美和監督の5年ぶり新作『すばらしき世界』の画像2(c)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

 弁護士夫婦(橋爪功、梶芽衣子)が身元引き受け人となり、三上は東京の下町にある安アパートで社会復帰を目指すことになる。だが、刑務所暮らしが長かった三上が簡単に就ける仕事はなかなか見つからない。受刑中に失効していた運転免許証を再び取ろうとするが、これもうまくいかない。社会全体が不景気なせいだが、三上には現実世界がとても冷たく感じられてしまう。

 そんな三上に関心を示したのは、テレビ番組のプロデューサー・吉澤(長澤まさみ)と作家志望の元ディレクター・津乃田(仲野太賀)だった。元ヤクザの三上が更生し、生き別れていた母親と再会を果たせば、感動のドキュメンタリー番組になる。そう考えた吉澤と津乃田は、三上を被写体にしてカメラを回し始める。

 カメラを意識した三上は、オヤジ狩りをしていた若いチンピラたちを見つけ、ボコボコにしてしまう。任侠心とカメラ向けのサービスのつもりだったのだろうが、暴力を振るう三上の顔がとても生き生きとしているのに津乃田は怖気づいてしまう。三上の身分帳を読んでいた津乃田は、三上がかつて殺人罪で刑務所送りになっていたことを思い出したのだ。津乃田はカメラを放り出してしまい、ドキュメンタリー番組の企画はあっさり頓挫する。

元ヤクザとソープ嬢とのやりとりが胸に滲みる… 西川美和監督の5年ぶり新作『すばらしき世界』の画像3(c)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

 物語は後半、三上が少年時代を過ごした福岡が舞台となる。東京での生活に息苦しさを感じた三上は、かつて兄弟の杯を交わした暴力団組長の下稲葉(白竜)を頼って九州へと向かう。下稲葉とその妻・マス子(キムラ緑子)は三上を歓迎してくれるが、下稲葉の一家も警察からの締め付けが厳しく、危うい状況だった。刑務所は出たものの、三上の居場所はどこにもなかった。

 そんな三上のことを心配し、一度は距離を置くようになっていた津乃田が声をかけてきた。福岡には幼少期の三上が母親に預けられた施設が今も残っていた。福岡で芸者をしていた母親の手がかりが何か見つかるかもしれない、一緒に探そう、と津乃田は言う。母親の記憶を、三上の生い立ちを辿る、男ふたりの旅が始まる。

 福岡パートでは、三上が下稲葉夫婦の昔ながらのヤクザ一家を訪ねるシーンもいいが、その前に三上がソープランドに立ち寄るシーンが実に感慨深い。気立ての良いソープ嬢(桜木梨奈)が三上へのサービスに努める。会話を交わしていくうちに、ソープ嬢は宮城出身で、震災がきっかけで風俗業界で働くようになったこと、ひとり息子がいるが離れて暮らしていることが分かる。ソープ嬢は「息子と一緒に暮らすことを夢見ていている」と話す。幼い三上を施設に預けた三上の母親も、彼女と同じような心境だったのだろうか。ソープランドの個室で、しんみりする三上だった。

 ソープ嬢も、作家を目指している津乃田も、それぞれ懸命に生きていることに三上は気づく。それまで社会の冷たさに怒ってばかりいた三上は、福岡の旅を終えて態度を改めることになる。

元ヤクザとソープ嬢とのやりとりが胸に滲みる… 西川美和監督の5年ぶり新作『すばらしき世界』の画像4(c)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

 三上の母親探しを手伝う津乃田を演じた仲野太賀と同じように、ソーシャルワーカーの井口を演じた北村有起哉も、本作の欠かせないキーパーソンだ。市役所に勤める井口は、前科者の三上に最初はよそよそしかったが、三上が真面目な性格で働く意欲が高いことを知り、三上に合った就職先を探すようになる。

 ちなみにTVドラマや舞台でも活躍する名バイプレイヤーの北村は、藤井道人監督の映画『ヤクザと家族 The Family』(現在公開中)にも出演しており、本作とは真逆となる暴力団幹部に扮している。『ヤクザと家族』でも主人公・綾野剛の運命を左右する重要な役を任せられており、バイプレイヤー冥利に尽きるのではないだろうか。

 西川監督の『すばらしき世界』も、藤井監督の『ヤクザと家族』も、はみ出し者に対して不寛容な社会のシビアさを描いているが、決してヤクザ的な生き方を擁護しているわけではない。社会が発達し、社会のシステムが高度化すればするほど、そこからこぼれ落ちてしまう人間が生じてしまう。時代の流れについていけない人、人生につまずいて転んでしまった人を、自己責任だと切り捨てる社会は、クリーンではあっても決して居心地がよいとは言いがたい。そのことを両作品は伝えている。

 原案小説をそのまま現代に移し替えるのではなく、西川監督は現代社会の底辺を生きる人たちを丹念に取材して回った上で映画化している。西川監督の願いが込められたタイトル、それが『すばらしき世界』だ。
(文=長野辰次)

<ライタープロフィール>
 フリーランスライター。映画や映像作品を中心に取材&執筆し、雑誌『キネマ旬報』『映画秘宝』などに寄稿している。主な著書に『パンドラ映画館』『バックステージヒーローズ』など。

<作品データ>
『すばらしき世界』
原案/佐木隆三 監督・脚本/西川美和
出演/役所広司、仲野太賀、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子、長澤まさみ、安田成美、梶芽衣子、橋爪功 
配給/ワーナー・ブラザース映画 2月11日(木)より全国ロードショー
https://wwws.warnerbros.co.jp/subarashikisekai/

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