加藤浩次「狂犬だった過去」松本人志全否定の啖呵切りが話題

編集部
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吉本興業公式サイト

 極楽とんぼの加藤浩次が21日放送の『スッキリ!』(日本テレビ系)において、雨上がり決死隊宮迫博之とロンドンブーツ1号2号の田村亮が開いた記者会見を受けて、吉本興業の現在の体制に苦言を呈した。このまま状況が変わらない場合は、自身が事務所をやめると示唆した。ネットでは加藤の男気のある態度を絶賛する声があふれている。これはかつて“狂犬”と呼ばれた加藤を彷彿とさせるともいえそうだ。
 加藤浩次は高校卒業後に約1年間のサラリーマン生活を経て、役者を目指して上京する。劇団の養成所で山本圭壱と出会い極楽とんぼを結成する。1989年3月にオーディションを経て吉本興業入りを果たしている。東京の吉本興業においては最古参メンバーといえる。
 彼らが活躍したのが吉本が東京に作った銀座七丁目劇場であった。主に若い女性をターゲットとするお笑い劇場の設置場所として銀座は似つかわしくないように思えるが、実際に「何となく有名な場所」として選ばれたようで、それほど吉本興業が東京の事情に疎かったともいえる。
 この劇場には関西からやってきたナインティナイン、雨上がり決死隊、FUJIWARA、バッファロー吾郎などの吉本印天然素材(てんそ)メンバーのほか、すでに大阪にあった二丁目劇場に出演していた関西芸人と、ダイノジ、ペナルティ、ロンドンブーツ1号2号などオーディションを経て入ってきた関東芸人が混在していた。加藤は関東芸人の兄貴分的存在であり「関西芸人と付き合うな」とも伝えていたようだ。馴れ合っているようでは芸人はつまらなくなるといった考えがあったのは確かだろう。さらに関西出身の吉本芸人は、絶対的な上下関係など礼儀作法をきちっと守ってきた人物である。そうした凝り固まった価値観も加藤としては面白くなかったのだろう。
 加藤が今回爆発させた吉本上層部への不満は、すでにこの時代から積もりはじめたのかもしれない。(文=相川ナロウ)

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