大泉洋の人の良さげな笑顔に欺かれる人が続出? 出版界を舞台にした仁義なき戦い『騙し絵の牙』

長野辰次
大泉洋の人の良さげな笑顔に欺かれる人が続出? 出版界を舞台にした仁義なき戦い『騙し絵の牙』の画像1(c)2020「騙し絵の牙」製作委員会

 大泉洋とは何者なのか? テレビドラマではどこかとぼけたキャラを演じ、バラエティ番組にも引っ張りだこ。決して二枚目ではないものの、ハードボイルドコメディ『探偵はBARにいる』(2011年)やわがままだけど憎めない筋ジストロフィー患者に扮した『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(2018年)などは、大泉なしでは成立しなかった映画だろう。どこまでが素なのか、それとも演じているのか、そのボーダーはとても曖昧だ。そんな大泉のつかみどころのなさを最大限に活かした映画『騙し絵の牙』が、3月26日(金)より劇場公開される。

 物語の舞台となるのは、出版不況にあえぐ大手出版社。創業家の社長が急死し、社内改革を進める営業担当の専務・東松(佐藤浩市)と保守的な常務・宮藤(佐野史郎)との間で、次期社長の座をめぐる派閥争いが勃発する。社員編集者たちは自分らのいる雑誌が廃刊にならないか怯える中、カルチャー誌の新任編集長・速水(大泉洋)は得意の手八丁口八丁ぶりで常識破りな新企画に次々と着手していく。

 無名の新人作家・矢代聖(宮沢氷魚)のイケメンぶりを前面に押し出して、処女小説の連載を鳴り物入りでスタート。人気ファッションモデル・城島咲(池田エライザ)の意外な才能に気づき、彼女にも執筆を持ちかける。出版界のルールに縛られない速水の強引な編集手腕は社内で波紋を起こしながらも、編集部員たちに刺激を与える。

大泉洋の人の良さげな笑顔に欺かれる人が続出? 出版界を舞台にした仁義なき戦い『騙し絵の牙』の画像2(c)2020「騙し絵の牙」製作委員会

 思いついたら即行動する速水にいちばん振り回されるのは、若手編集者の高野(松岡茉優)だった。もともとは文芸誌に席を置いていた高野だが、速水に煽られて、大御所作家・二階堂大作(國村隼)の新作小説の感想を率直に本人に伝えたため、居場所を失ってしまった。高野にとって速水は疫病神的存在だが、そんな速水に声をかけられ、カルチャー誌に異動することに。速水は性格には難があるが、雑誌編集に対する情熱はホンモノで、その行動力や発想力に高野は次第に感化されていく。

 本作の原作者は、小栗旬主演のミステリー映画『罪の声』(2020年)が好評だった作家・塩田武士。元新聞記者らしく、不況が続く出版業界の揺れ動く内情を詳しく調べた上で、中間管理職である主人公に大泉洋をイメージして書き上げている。『桐島、部活やめるってよ』(2012年)で原作小説を大胆にアレンジした吉田大八監督が、『騙し絵の牙』も思い切った脚色を加え、先の読めない大どんでん返しエンターテイメントに仕立ててみせた。

 大泉演じる編集者・速水の人のよさそうな笑顔をうっかり信じると、痛い目に遭う。これまでに多くの出版社を渡り歩いてきた曲者だけに、ちょっとでも気を許すと信じられない状況に巻き込まれてしまう。高野は本好きで、小説の目利きはできるが、作家との腹の読み合いや上司との駆け引きは速水の方がしたたかだ。出版業界で生き延びる処世術を、高野は速水から学ぶことになる。速水と高野の息の合わないちぐはぐな師弟コンビぶりが、物語を盛り上げていく。

大泉洋の人の良さげな笑顔に欺かれる人が続出? 出版界を舞台にした仁義なき戦い『騙し絵の牙』の画像3(c)2020「騙し絵の牙」製作委員会

 俳優なのかバラエティタレントなのか曖昧な大泉だが、松岡茉優にもそれは言える。子役タレントとしてキャリアをスタートした松岡は、園子温監督のヒット作『愛のむきだし』(2009年)や『桐島、部活やめるってよ』、NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』などに出演し、安定した演技力で評価されていた。だが、作品世界にあまりにも自然に溶け込んでしまい、彼女の印象は観客にはほとんど残らなかった。器用貧乏タイプな松岡だったが、バラエティ番組で素を見せるようになり、人気が急上昇。女優としても主演コメディ『勝手にふるえてろ』(2017年)でブレイク。今ではトーク力のある若手女優として、映画公開時の番宣番組に欠かせない存在となっている。タイプの似た大泉と松岡が、師弟コンビを組むのは必然だったのかもしれない。

 最後に吉田大八監督について。原作モノの映画化に定評のある吉田監督は、これまでに撮ってきた作品はすべて原作者が異なるが、どれも独自の作風の映画に仕上げている。神木隆之介主演『桐島、部活やめるってよ』では校内カースト制度が崩れる瞬間を捉え、宮沢りえ主演『紙の月』(2014年)では銀行に勤めるヒロインが年下の男性と恋に陥り、現実世界から逃避する姿を描いた。『美しい星』(2017年)の主人公(リリー・フランキー)は、地球はもうすぐ滅亡することを予言する。吉田監督が描く世界観は、どこか不安定で危うさを感じさせる。

 1963年生まれの吉田監督は、子どもの頃に『ノストラダムスの大予言』が大流行し、うっかり信じてしまったそうだ。予言者のノストラダムスによれば、人類は1999年7月に滅亡するはずだった。確かに、現代社会は諸問題が山積みでボロボロ状態ではあるが、まだ人類は存在している。薄い板一枚の上に辛うじて乗っかっているような感覚を、多くの人が感じているのではないだろうか。いつ壊れてもおかしくない社会状況の中で、自分自身すら騙すように毎日を過ごしている。そんな世界の危うさが、吉田監督が撮る映画の根底には流れている。

 床一枚めくれば、そこには地獄が待っている。ヒリヒリする舞台上で、大泉洋たちは騙し合いを演じ続ける。客席もいつ底が抜けるか分からないが、舞台上でのやりとりから目を離すことはできない。不確かな現代社会を生きる危うさ、そしてその危うささえもスリルとして楽しもうという主人公たちのタフさが、本作の大きな魅力となっている。

大泉洋の人の良さげな笑顔に欺かれる人が続出? 出版界を舞台にした仁義なき戦い『騙し絵の牙』の画像4(c)2020「騙し絵の牙」製作委員会

(文=長野辰次)

<ライタープロフィール>
フリーランスライター。映画や映像作品を中心に取材&執筆し、雑誌「キネマ旬報」「映画秘宝」などに寄稿している。主な著書に『パンドラ映画館』『バックステージヒーローズ』など。

<作品データ>
『騙し絵の牙』
原作/塩田武士 監督/吉田大八 脚本/楠野一郎、吉田大八
出演/大泉洋、松岡茉優、宮沢氷魚、池田エライザ、斎藤工、中村倫也、佐野史郎、リリー・フランキー、塚本晋也、國村隼、木村佳乃、小林聡美、佐藤浩市
配給/松竹 3月26日(金)より全国公開

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