6月16日深夜に放送された『石橋、薪を焚べる』(フジテレビ系)に、お笑いコンビ「博多華丸・大吉」の博多華丸が出演。ブレイクのきっかけとなった『とんねるずのみなさんのおかげでした』(同)の人気コーナー「博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜」の裏話を語った。

 2005年、35歳で福岡から上京した華丸は、『エンタの神様』(日本テレビ系)や『笑いの金メダル』(テレビ朝日系)などネタ番組のオーディションを受けるも「(年齢を重ねていたので)お呼びじゃなかった」と、ことごとく惨敗。唯一引っかかったのが「細かすぎて〜」で、第6回大会で披露した『パネルクイズ アタック25』(テレビ朝日系)の司会者・児玉清のモノマネで一夜にして全国的な知名度を獲得した。

 こうした経験をした芸人は華丸だけではない。同番組をきっかけに、事務所や芸歴に関係なく「純粋なネタのクオリティ」でブレイクした芸人を紹介しよう。

●キンタロー。
12年の第18回大会、AKB48・前田敦子のモノマネで初出場にして優勝。このネタはそれまでも深夜番組などで披露されていたが、圧倒的な知名度を得たのはこの企画から。この時、キンタロー。の芸歴は2年目と浅かったものの、ダンススタジオで社交ダンスの講師をしていただけあり「キレのある動き」は“大博士”である関根勤から高く評価された。

●末吉くん
これまで誰もやっていなかった、俳優・平泉成の演技モノマネというシブいネタで唯一無二の個性を発揮。07年の第10回大会では優勝も。コロッケの美川憲一モノマネと同じく、平泉成が再び注目を集めるきっかけにもなった。さらに、このネタの影響からか木村拓哉や亀梨和也もドラマで共演した平泉のマネをするようになり、ちょっとしたブームになった。

●360°モンキーズ・杉浦双亮(現・そうすけ)
マニアックなプロ野球の助っ人外国人のモノマネを第1回から地道に披露し続け、06年の第8回大会で念願の優勝を果たす。帝京高校の野球部出身で石橋の後輩にもあたる。お笑い芸人になった後も草野球などでプレーを続けていたが、15年に40歳で四国アイランドリーグplusのトライアウトを受け合格。16年から“サブロク双亮”の登録名で、愛媛マンダリンパイレーツ所属のプロ野球選手として約1年間にわたって活躍した。
(文=相川ナロウ)

博多華丸だけじゃない「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」でブレイクした芸人3選のページです。エンタMEGAは、エンタメの最新ニュースをいち早くお届けします。芸能ニュースの真相に迫るならエンタMEGAへ!