『バカ殿』ダウンタウン・浜田が志村死亡説を流す……そこで思い出されるあのウワサ

編集部
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 9日放送の『志村けんのバカ殿様』(フジテレビ系)にダウンタウンの浜田雅功が登場した。番組冒頭、白塗りメイクなしのニセモノバカ殿として現れた浜田は「悲しいお知らせです。康徳は死にました。急死です」と、志村の本名を出し笑いを誘っていた。

 これは1990年代末に流布した志村けん死亡説が元ネタといえるだろう。現在ネットを騒がせているデマやフェイクニュースの類ともいえるが、当時はネットは今ほど普及していない時期である。志村けん死亡説は、どのように広まり、収束していったのだろうか。

 志村けんの死亡説が広まったのは1996年の9月ごろである。その内容は、ゴルフの途中に心筋梗塞で急死した、実はがんで療養中のところ栃木県内の病院で死亡したといったものである。さらには「志村家」と書かれた葬儀場の案内板を見た、志村の遺言として四十九日法要が終わるまでは公表しないように言われている、といった、まことしやかな話も流された。志村は珍しい名字ではあろうが、彼だけではない。四十九日法要まで自身の死を公表しない話は、その直前に亡くなった渥美清の遺言であり、その話に尾ひれがついたのだろう、

 騒動から約1カ月後の9月28日に志村本人がインタビューに登場し、死亡説を否定するに至った。

 なぜ、こうした話が広まったのかといえば、96年の4月改編によってフジテレビ系列で放送されてきた、志村のゴールデンタイムのレギュラー番組が『けんちゃんのオーマイゴッド!』をもって終了し、同年4月からは深夜番組の『志村X』に移り変わっていた。ゴールデンタイムのテレビから消えたタイミングと死亡説の登場が重なったといえる。さらに酒好き喫煙者で独身といった志村の不健康キャラも急死説を補完してしまったのだろう。

 もちろん現在に至るまで続く志村の活躍は死亡説を跳ね返すものであるのは確かである。
(文=相川ナロウ)

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