爆笑問題・田中裕二、出川哲朗の“幻のコンビ時代”を語る

編集部

 30日深夜放送の『爆笑問題カーボーイ』(TBS系)において、田中裕二が、出川哲朗が組んでいた“幻のお笑いコンビ”について語った。

 この日の放送では、田中の実母が爆笑問題結成の1年前に亡くなっている話から、田中がそれ以前に組んでいたコンビ「東京ギャグポンプ」について語られた。

 当時、田中は日本大学芸術学部演劇学科に在籍しており、先輩とコンビを組み1985年に放送されていた『おじゃまします』(TBS系)の素人参加コーナーに出演していた。この番組はコント山口君と竹田君を司会に、新宿コメディシアターから平日昼間の生放送を行っていた。このスタイルは『笑っていいとも!』(フジテレビ系)を意識していたといえるだろう。だが、わずか2カ月で打ち切りとなってしまった幻の番組である。

 田中はこの番組で、モロ師岡やモロ夫人として知られる楠美津香らと一緒だったが、その場には出川哲朗もいたようだ。

 当時、出川は横浜放送映画専門学校に在籍しており、背の低い女性とコンビを組んでいた。出川自身も背が低いため、コンビそろってのチビキャラでの売出しを考えていたが、田中の姿を見て「もっと小さいやつがいるヤベェ」と思ったようだ。出川の身長は160センチ。男性にしては小柄な方だが、田中は154センチであり、“チビ度”に関しては圧勝である。

 出川は後に爆笑問題とも仕事をともにするが、田中を見た記憶はあるものの太田が相方だったかは記憶があやふやなため、つい最近まで話すきっかけがなかったようだ。

 当時は現場にビートたけしがふらりと現れることもあったという。さらりとスタッフにカツ丼の出前を頼む仕草が「格好よかった」といった当時の思い出を田中は語っていた。お笑い史の知られざるミッシングリンクが明らかとなる一夜であった。
(文=相川ナロウ)

爆笑問題・田中裕二、出川哲朗の“幻のコンビ時代”を語るのページです。エンタMEGAは、エンタメの最新ニュースをいち早くお届けします。芸能ニュースの真相に迫るならエンタMEGAへ!